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街の一覧

動画は公開説明をもとに集めています。全編の内容は未確認で、街の会話や音楽が環境音として入る場合があります。

川崎

4本の街歩き動画

宿河原 · Rambalac街の紹介を読む ↓
4本の動画

川崎を知る

川崎市は、多摩川の右岸に沿い、東京湾の臨海部から北西の多摩丘陵へ広がります。川崎駅に近い旧東海道には宿場が置かれ、大師地区には参詣の往来がありました。低地を潤す二ヶ領用水は、田畑に加えて工場にも水を送りました。1924年の市制後、周辺の町村を編入して市域が広がります。工場と公害対策の歴史を持つ一方、多摩区では梨づくりが続き、生田緑地の日本民家園では各地の古民家を保存しています。

丘陵と低地の水

多摩丘陵から東京湾の埋立地へ

丸い丘陵と低地、小河川を描いた地形の概念図。川崎の実景や地図ではない

川崎の北西部には多摩丘陵が広がり、三沢川や五反田川などの小河川が丘を細かく分けています。東側には台地と、多摩川・鶴見川の水系がつくった低地が続きます。旧東海道は海沿いにできた砂州のわずかに高い土地を通りました。東京湾に面する臨海部では、大正時代から工場用地の大規模な埋立てが進みました。丘陵の住宅地と河口の工業地は、同じ市の中でも地形が異なります。

川崎市教育委員会

田畑と工場へ水を送った二ヶ領用水

久地円筒分水の低い円形の縁と水面、柵と桜を簡略に描いた部分景

二ヶ領用水は、多摩川右岸の低地を流れる用水です。1597年に工事が始まり、1611年に完成しました。稲毛領と川崎領という二つの領地を潤したことが名前の由来です。上河原と宿河原から取り入れた水を久地で合わせ、下流の田畑へ分けて送りました。1939年には余剰水を使う公営の工業用水道も設けられます。現在は一部に親水護岸や遊歩道が整備されています。

川崎市 · 川崎市

川崎市(写真を参考に一部省略)

宿場から広い市域へ

川崎宿を支えた六郷の渡し

木造の舟と竿を描いた渡しの概念図。歴史的な六郷の渡し船の復元ではない

1623年、品川宿と神奈川宿の間に川崎宿が設けられました。人や荷物を次の宿へ送り継ぐ距離を短くし、その負担を軽くするためでした。しかし宿自身も輸送費に苦しみます。田中休愚は、六郷川の渡し船を宿が請け負えるよう交渉し、1709年に実現させました。渡しの収入が宿の費用を補い、旅人の食事や休息、江戸へ向かう人の宿泊、川崎大師参詣の往来が商いを支えました。

川崎区

町と村の合併で広がった市域

無記名の帳面と巻いた紙、定規を描いた市域形成の概念図

川崎市は1924年、川崎町・大師町・御幸村の合併で誕生しました。当初の市域は現在の川崎駅や大師に近い南東部が中心です。1927年の田島町、1933年の中原町に続き、高津町や橘村などが編入されました。1938年には稲田町・生田村・宮前村・向丘村、翌年には柿生村・岡上村が加わります。河口の工業地だけでなく、多摩川沿いの農村や北西部の丘陵も含む市域へと広がりました。

川崎市 · 川崎市教育委員会

工業と農業の仕事

工場誘致と公害対策の歴史

採気器と水の試料瓶、工具を描いた環境監視の概念図。実際の機器ではない

明治時代末期、川崎では地域を挙げて工場誘致が進められました。企業の進出に伴い、働く場所を求める人々が集まりました。戦後は京浜工業地帯の一角として生産が拡大しますが、ばい煙や粉じん、騒音、工場排水が生活環境を悪化させ、健康被害も生じました。市民の反対運動が広がる中、市は1960年に公害防止条例を制定しました。工業化の歩みには、生産の仕事と環境を守る取組の双方があります。

川崎市

多摩区に残る梨づくり

梨の枝と実、剪定ばさみと収穫かごを描いた農作業の概念図

多摩川梨は、多摩川沿岸で収穫される梨のブランド名です。川崎発祥の長十郎のほか、幸水、豊水、あきづきなどが栽培されています。戦後に畑は減りましたが、市内では多摩区を中心に梨づくりが続いています。菅稲田堤の農家は、花が咲いた後に早めに数を減らし、残した実へ養分が届くようにする作業を紹介しています。十分に熟してから収穫し、すぐに出荷する仕事も、消費地に近い果樹園を支えています。

かわさき地産地消推進協議会

祈りと建物の保存

戦災の後に再建された川崎大師

2011年の写真を参考に川崎大師大本堂の大屋根と軒を簡略に描いた上部の部分景

川崎大師平間寺は、大師地区にある寺院です。1945年4月の空襲で大本堂をはじめ多くの堂を失いました。1934年竣工の大本坊は外郭を残し、改修して仮本堂に使われました。1958年に本尊が現在の大本堂へ移され、1964年5月に大本堂の落慶が行われています。同年には不動堂も再建されました。境内には戦災を免れた福徳稲荷堂もあり、異なる時期の建物が並んでいます。

川崎大師平間寺

ペン太 / Wikimedia Commons(写真を参考に一部省略) · CC BY-SA 3.0

民家を移築して保存する日本民家園

日本民家園の清宮家住宅の茅葺屋根と低い壁、手前の花木を簡略に描いた部分景

多摩区の日本民家園は、1967年に開園した古民家の野外博物館です。急速に姿を消していた伝統的な家を保存するため、東日本各地の民家を移築しました。水車小屋、船頭小屋、高倉、歌舞伎舞台なども収められ、住宅だけではない地域の仕事や暮らしの建物を扱っています。民家に関する民俗資料も収蔵し、本館では建物の基礎知識を紹介しています。西門には藍染めを扱う伝統工芸館があります。

川崎市立日本民家園

川崎市立日本民家園(写真を参考に一部省略)

人口1,538,262人川崎市全域・2020-10-01人口の出典

この地域の食べもの

神奈川県の食文化から、料理や菓子を紹介します。

出典・人口の範囲について

日付と範囲を固定した公式値。現在の値を推測していません。

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