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街の一覧

動画は公開説明をもとに集めています。全編の内容は未確認で、街の会話や音楽が環境音として入る場合があります。

ヤクーツク

1本の街歩き動画

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ヤクーツクを知る

ヤクーツクは、ロシアのサハ共和国で行政や研究、教育、交通が集まる中心都市です。レナ川中流の左岸に広がり、その地下には永久凍土があります。町の歴史には、サハの人々の土地に築かれた要塞と、増水を避けた移転、商業や北方への交通の発展が重なります。復元された木造の旧市街、地盤を調べる地下実験室、自然や歴史の資料を集める博物館が、それぞれ異なる時代の町の仕事を担っています。

ロシアの中でのヤクーツクの位置

● ヤクーツク

街の代表地点 · 国の主な陸地

レナ川と、町が移った歴史

レナ川の中流、低い段丘に広がる町

幅広い川の流れと低い段丘上の小さな街並みを表す地理の概念画。レナ川の実際の河道・港・市街配置の地図ではありません

ヤクーツクはサハ共和国の中心都市で、レナ川中流の谷にあります。市街の大部分は氾濫原より一段高い、低い河岸段丘に広がっています。水路と陸路が交わる位置を生かし、行政や交易、北方へ向かう移動の拠点として成長しました。市の沿革には、船と道路に加えて航空交通の結節点へ育った経緯が記され、広い地域の仕事や学びが町に集まります。

ヤクーツク市行政 · Melnikov Permafrost Institute, SB RAS

サハの土地に置かれた要塞と、その移転

川岸の二つの位置と流れを淡い線で分ける移転史の概念画。旧要塞の形や当時の住居・衣装・正確な距離を再現していません

1632年、ピョートル・ベケトフの一隊は、ナムのサハの人々の土地にレナ要塞を築きました。原址は現在の町から約70キロ下流の右岸です。春の増水で浸水するため、要塞は上流の左岸、サイサルィ湖付近へ移されました。そこで軍政と交易を担う町が育ちます。18世紀から20世紀初めには、川や北方の地域を調べる政府や学術機関の調査隊の拠点にもなりました。

ヤクーツク市行政

旧市街と、地盤に向き合う建物

復元された「旧市街」と、木造の店先

Николай Максимовичの2015年写真を参考にした旧市街の木造店先の部分図。庇と柱・手すり・右側階段のみを残し、文字や装飾の細部、写真外の全景を省略しています

歴史建築の集まる「旧市街」は、1980年代から保護の対象となり、2002年に大規模な復元が始まった地区です。2006年9月に歴史建築複合地区として開設されました。要塞の塔、商業施設、銀行、商家などが復元・再建されています。木造の店先には、張り出す庇と柱、手すり、階段があり、丸太や板の壁に縁取られた窓が並びます。

ヤクーツク市歴史博物館公式Telegram · Николай Максимович/Wikimedia Commons

Николай Максимович / Wikimedia Commons(写真を参考に一部省略) · CC BY 3.0

地面を冷たく保つ、建物の下の空間

柱で持ち上げた一般建物と床下の空気の通り道を示す概念画。実際の発電施設や全てのヤクーツク建物の構造を再現したものではありません

永久凍土の上では、建物から伝わる熱と地盤の変化を考えた基礎が使われます。ヤクーツクには、杭を用いるものなど複数の形式があります。1937年に建てられた北東部の熱電併給施設では、地面と建物の間に風の通る空間を設け、地盤を凍った状態に保つ方法が採られました。研究所は地温と基礎の変位を観測し、設備の維持に関わってきました。

Melnikov Permafrost Institute, SB RAS

地下から調べる、永久凍土

本館の地下にある、凍土の実験室

地下の二層の空間と小さな試料台を表す凍土実験の概念画。研究所の実際の通路配置・資料・展示品の再現ではありません

メルニコフ永久凍土研究所の本館地下には、1967年に設けられた二層の実験用トンネルがあります。長さは約30メートルで、自然の低温の下で凍った地盤の材料を調べる施設です。冷たい空間は、傷みやすい発見資料の一時保管にも使われました。1977年にコリマ上流で見つかった幼いマンモス、ディマも保管され、上段には石膏模型が展示されました。

Melnikov Permafrost Institute, SB RAS

水を求めて掘った、シェルギンの井戸

地面の縦穴と温度観測を示す簡略概念断面図。シェルギン井戸の実際の建屋・掘削機・立入り経路や縮尺を復元していません

シェルギンの井戸は、飲み水となる地下水を求め、1827年から約10年かけて掘り進められました。深さは116.4メートルに達し、深い地中も凍っていることを調べる観測の場になります。1829年には物理学者エルマンが土と地温を調査し、1844〜45年にはミッデンドルフも観測しました。生活用の井戸掘りが、凍土の厚さや地温を研究する仕事へつながった例です。

Melnikov Permafrost Institute, SB RAS

北方の資料を集め、伝える仕事

寄付と調査が育てた、北方の博物館

展示ケース、標本箱と小さな拡大鏡で博物館の収集・研究を表す概念画。実際の博物館建築・収蔵資料・民族的装飾を再現していません

ヤロスラフスキーの名を持つ博物館は、1887年に設立が決まり、1891年に商業施設の一室で最初の展示を開きました。住民や商人の寄付、政治流刑者らの調査・整理が初期の活動を支えました。1926年には旧主教館の建物へ移り、地域の自然と歴史、民族誌や考古の資料を集めてきました。収蔵品の目録作りや調査、展示を担う文化・研究の拠点です。

ヤクーツク北方民族歴史文化博物館(ヤロスラフスキー博物館)

遠い発見地から、町の展示へ届いた骨格

無地の保管箱と一般的な骨片の形、刷毛で発掘と整理を表す概念画。ティレフチャフの実骨格・牙や発見現場の復元ではありません

同館のティレフチャフのマンモスは、1970年にインディギルカ川の支流の岸で見つかりました。地元の発見者の連絡を受け、研究者が調査し、翌年に発掘を進めました。骨格は一部の牙や脚を欠いており、1972年に補完して組み立てられ、博物館へ贈られました。北方の川辺での発見が、採集と研究、展示の仕事を通じてヤクーツクの博物館に結び付きました。

ヤクーツク北方民族歴史文化博物館

この街の基本情報

国・地域の公用語
ロシア語
Wikidata
国・地域の人口
143,513,328人
ロシア・2025年。市や地区の人口とは別の数値です。
世界銀行
街・地域の人口
311,760人
ヤクーツク・2018-01-01時点。Wikidataの地域全体の掲載値。
Wikidata
位置
シベリア
Wikipedia

季節と気温の目安

月平均気温は、最も暖かい7月が約20℃、最も涼しい12月が約-37℃です。

10月の気温の目安

平均最高気温
約-4℃
平均最低気温
約-11℃
平均気温
約-8℃

1991〜2020年の30年間の月別平均。代表地点周辺の格子データによる推定で、現地の観測所の実測値や現在の気温ではありません。

NASA POWER
月ごとの気温を見る
月平均最高平均最低平均
1月約-34℃約-40℃約-37℃
2月約-29℃約-37℃約-33℃
3月約-15℃約-26℃約-20℃
4月約-2℃約-11℃約-6℃
5月約11℃約1℃約6℃
6月約21℃約10℃約16℃
7月約25℃約13℃約20℃
8月約21℃約10℃約16℃
9月約11℃約2℃約6℃
10月約-4℃約-11℃約-8℃
11月約-24℃約-30℃約-27℃
12月約-34℃約-40℃約-37℃
出典・人口の範囲について

街の代表地点で分類しています。動画は公開説明から集めた候補で、全編の内容は未確認です。

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