商店の軒廊が続いたブラカラ・アウグスタ

ローマ期のブラカラ・アウグスタは、先住のブラカリ人が暮らす地域に、紀元前16〜15年頃に建設されたと考えられています。司法、徴税、兵士の募集などを担う行政都市で、街路は直交する二本の主要道を軸に整えられました。通りに沿う柱廊は歩道であるとともに、家の正面に入る商店の売り場を延ばす場所でもありました。公共浴場や劇場が造られ、3世紀末から4世紀初めには塔を備えた城壁も築かれます。

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ブラガはポルトガル北部の町で、ローマ期の行政都市ブラカラ・アウグスタを前身としています。旧市街には長く増築と修復を重ねた大聖堂があり、東側の丘では白い参詣階段と水の重さで動くケーブルカーがボン・ジェズスの聖域へ登ります。市営市場では生産者と専門店が食料を売り、周辺では弦楽器の製作も続いてきました。歴史ある劇場を修復して使い、公立大学では市内と隣のギマランイスに拠点を置いて教育と研究を行っています。
● ブラガ
街の代表地点 · 国の主な陸地
ローマ期のブラカラ・アウグスタは、先住のブラカリ人が暮らす地域に、紀元前16〜15年頃に建設されたと考えられています。司法、徴税、兵士の募集などを担う行政都市で、街路は直交する二本の主要道を軸に整えられました。通りに沿う柱廊は歩道であるとともに、家の正面に入る商店の売り場を延ばす場所でもありました。公共浴場や劇場が造られ、3世紀末から4世紀初めには塔を備えた城壁も築かれます。

ブラガ大聖堂は11世紀末に建設が始まり、1089年に献堂されました。ロマネスクの建築に、後世のバロックの高所聖歌隊席や大きなオルガンが組み合わされています。付属する四つの礼拝堂と回廊も、何世紀にもわたって造られたものです。回廊は18世紀末から19世紀初めに以前のゴシックのものを置き換え、1930〜1956年にも中世の姿を取り戻そうとする修復が行われました。現在の建物には、建設と修復の異なる時期が残っています。

ボン・ジェズス・ド・モンテは、ブラガを西側に見下ろすエスピーニョ山の斜面に広がる聖域です。森の緑の中を、白く塗られた壁と露出した花崗岩の階段が折り返して登ります。参詣路には受難の場面を表す礼拝堂や噴水が配置され、「五感の階段」もその一部です。丘の上の教会は1784〜1811年に建設されました。長い年月をかけて斜面の擁壁、階段、庭園、水の仕組みが整えられ、2019年に世界遺産へ登録されました。

ボン・ジェズスのケーブルカーは、1882年3月25日に開業しました。階段と並行して山の下から聖域へ向かう交通で、二つの車両がケーブルで結ばれています。上にある車両へ水を積んで重くし、ブレーキを解くと、その車両の下降が下の車両を引き上げる仕組みです。設計したニクラウス・リッゲンバッハは国外から指示を送り、現地ではラウル・メニエ・デュ・ポンサールが工事を監督しました。急な坂を越えるための19世紀の技術です。
Confraria do Bom Jesus do Monte · Confraria do Bom Jesus do Monte

コメルシオ広場の市営市場は「プラサ」と呼ばれ、野菜や果物、肉、魚、花、パンなどを扱う売り場が設けられています。改修後の施設では、生産者が売る区画と、肉屋やパン屋などの専門店を組み合わせています。食品を売る表側だけでなく、冷蔵庫を備えた作業区画、更衣室なども整えられました。料理の実演や研修に使う部屋、食事をする区画もあり、品物を運び込み、保存し、調理して売るための空間が一つの市場に集まっています。

ブラガ周辺には弦楽器を作る職人が集まり、カヴァキーニョやヴィオラ・ブラゲーザの製作が続いてきました。小型のカヴァキーニョの起源には複数の説があります。一方、ヴィオラ・ブラゲーザはミーニョ地方に特徴的な楽器で、ブラガの名を持っています。全ての指で弦をかき鳴らす「ラスガード」という奏法で弾かれ、独奏だけでなく、民俗舞踊や歌の伴奏にも使われます。木を加工して楽器を仕上げる仕事と、地域の歌や踊りが結び付いています。

テアトロ・シルコは市民の構想をもとに造られ、1915年4月21日に開場しました。建築家ジョアン・デ・モウラ・コウティーニョが設計し、演劇や音楽に加えて、音声付き映画を上映する場所にもなります。1999年に大規模な修復が始まり、2006年に再開しました。工事では元の建築を尊重しながら、舞台の音響や音の設備を更新しています。20世紀初めの劇場の器を使い続けるために、建物の保存と公演を支える技術の更新が行われました。

ミーニョ大学は1973年にブラガで設立され、1975〜1976年度に最初の学生を迎えました。当初の授業は教員養成、現代語、工学などで、ドン・ペドロ5世通りをはじめ複数の建物に分かれて行われました。その後、ブラガのグアルタルにキャンパスが整えられます。大学はブラガだけで完結せず、ギマランイスにもアズレンとコウロスの拠点を持ちます。科学技術から人文、教育、保健まで、異なる分野の教育と研究を行う公立大学です。
平均気温は、最も暖かい8月が約21℃、最も涼しい1月が約6℃。降水量は11月が約151mm、7月が約19mmで、雨の量にも季節差があります。
1991〜2020年の30年間の月別平均。代表地点周辺の格子データによる推定で、街の観測所の実測値や現在の気温ではありません。標高や地区によって差があります。
NASA POWER| 月 | 平均最高 | 平均最低 | 平均 |
|---|---|---|---|
| 1月 | 約10℃ | 約3℃ | 約6℃ |
| 2月 | 約12℃ | 約3℃ | 約7℃ |
| 3月 | 約15℃ | 約4℃ | 約9℃ |
| 4月 | 約17℃ | 約6℃ | 約11℃ |
| 5月 | 約20℃ | 約9℃ | 約14℃ |
| 6月 | 約25℃ | 約12℃ | 約18℃ |
| 7月 | 約29℃ | 約14℃ | 約21℃ |
| 8月 | 約30℃ | 約14℃ | 約21℃ |
| 9月 | 約26℃ | 約12℃ | 約18℃ |
| 10月 | 約20℃ | 約9℃ | 約14℃ |
| 11月 | 約14℃ | 約6℃ | 約9℃ |
| 12月 | 約11℃ | 約4℃ | 約7℃ |
ポルトガルの食文化から、料理や菓子を紹介します。

ローマ帝国後期のキリスト教聖職者・歴史家・学者
ブラガ生まれ。Wikidataの出生地記録。
Wikidataマジストレイト・著作家。
ブラガ生まれ。Wikidataの出生地記録。
Wikidataこの街・地区の周辺にある世界遺産の参考情報です。行政区域内や動画の撮影場所とは限りません。

UNESCOの世界遺産リストに掲載されている文化遺産。
2019年 世界遺産登録UNESCO世界遺産センター参考写真:João Paulo Sotto Mayor · 参考写真 ↗ · © João Paulo Sotto Mayor
UNESCOの世界遺産リストに掲載されている文化遺産。
2001年 世界遺産登録UNESCO世界遺産センター参考写真:CTHOE · 参考写真 ↗ · CC BY-SA 3.0この名前の地域は見つかりませんでした。
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